福地寿樹


カープにいた頃から大好きな選手で、
その足の速さは球界でも屈指だった。
代走専門の選手で、ほとんど盗塁失敗しているところを見たことがなかった。
ウェストされてもセーフにする程の速さだった。
西武に行って打撃が開眼した時も、
福地ヤクルトにこないかなぁとボヤいていたこともあった。
そんな福地が石井一久の人的保障で来た時は本当にうれしかった。
四月はまだ代走要員として使われていたが、
五月、六月になってくるとスタメンに定着。
打率、得点圏、勝利打点、そして勿論盗塁や守備などでも大いに活躍し、
一躍ヤクルトの顔になるほどの逸材に育った。
34歳、遅咲きの選手である。




真中満


かつてのヤクルトの1番は、真中だった。


独特の大回転打法。
いつも打球は鋭いライナーかポップフライ。
ファンからはちっさいおっさんとか大回転とかポピーとか呼ばれて、
とにかく人気者だった。
去年のクルーンからの代打逆転スリーランは今でも忘れない。
真中のホームランはいつもライト方向。
打ち終わった後はバッターボックスからはみ出るような体勢で、


「切れるなー!」


とライトポール際を見つめている。
そんな真中の姿を、僕は一生忘れることはない。




畠山和洋



突然のガイエルとリグスの離脱。
代わりに4番を務めたのは、二軍で4番を打ち続けた男・畠山だった。
ヤクルトファンでなければあまり知ることはないだろう。
今まで一軍ではほとんど実績はなく、
出てきたとしても代打ばかりだった。


しかし、ヤクルトの二軍を愛している人たちは、みんな畠山に期待していた。
右の大砲、和製大砲、畠山。
そんな彼は、今年見事に4番を務め上げた。
右バッターでありながら、右方向に強い打球が打てる。
彼も今年大きく飛躍した、ヤクルト選手の一人である。





ヤクルトの一塁と三塁を守っているのは大概スター選手だった。
90年代だったら、広沢、池山、ペタジーニ。
2000年になってからは、鈴木健岩村、リグス。
そんな中、代打の切り札としてベンチで控えていながらも、
彼らが怪我で離脱した時などに貴重な代役を果たした男がいた。



度会博文



ファンからはニコライの愛称で親しまれ、
常に顔からは笑みを絶やすことがない。
9回ツーアウトで代打で出てきて、最後のバッターになってもニコニコと笑い、
どんなに負けててもニコニコニコニコ、決して暗い表情にはならない。
ファンからも、チームメイトからも愛された男だった。
バッティングにも定評があり、
その勝負強さやパンチ力には何度も助けられてきた。
そんなニコライも、今日を最後に現役を引退した。


最後の打席。
インコースのストレートをフルスイング。
レフト方向へ飛んだ打球は、綺麗な放物線を描いた。
でも、ニコライにはもう、レフトスタンドまで運ぶパワーは無かった。
途中で失速した打球は、レフトのグラブの中に納まった。


最後の試合、グラウンドをあとにするその瞬間まで、ニコライは笑っていた。
泣きながら、笑っていた。




松岡健一



即戦力選手と期待されながらもなかなか活躍できず、
いいボールを持っているのに成績を残せない選手だった。
古田にフォークボールを要求されたのに「調子が悪い」と言って投げなかったら、
めったくそに怒られたという話はもう三年も前のことである。
そんなマツケンも、もはやヤクルトの中継ぎ陣にとってなくてはならないセットアッパーになった。
夏場になって押本、イムが打ち込まれるようになっても、マツケンだけは打ち込まれることはなかった。
140キロ台後半のストレートと伝家の宝刀・フォークボール
かつて、マツケンと同じ決め球でエースセットアッパーを務めていた男がいた。




河端龍



キレのいいストレートと、低めに鋭く落ちるフォークボール
僕が知っているセットアッパーの中で、もっとも安定感のある選手だった。
一番記憶に残っているのは、初先発の時のバタさんだ。
日本ハムを相手に6回を無失点に抑える好投。
ぷるぷるしながらヒーローインタビューに答えていたのを今でも思い出す。
また復活して投げてくれるだろうと思っていたのに、
もう現役引退だなんて。
早すぎる、早すぎるよ…バタさん。
でも、本当に10年間、お疲れ様でした。





川本良平



今年、ヤクルトの正捕手に最も近い男だった。
キャッチングやリード、送球などまだまだ荒い部分はあるものの、
バッティングセンスと走力は既にレギュラークラスである。
福川の長打力には劣るものの、確実性でいったら川本のが上である。
何より福ちゃんのリードはとても残念なので、
来年の正捕手は川本だと面白いと思っている。
去年神宮に試合を見に行った時、
館山とバッテリーを組んでいたのは川本だった。
あの時のプロ初スリーランは、
凄い打球だった。
また、お立ち台の川本を見られるかな。




小野公誠


川本は福川の故障によって一軍での出番が増えた。
かつては古田が離脱した際に、その代役を果たしていたのは公誠だった。
一時は古田がいなくても小野がいる、
次の世代のキャッチャーは小野で決まりだと思われていた事もあった。
しかし、キャッチャーには付き物の膝の故障に見舞われる。
ここ数年は故障のせいか、一軍に上がってくることはほとんどなかった。
男・公誠、ホームランに始まり、ホームランに終わる。
引退試合での代打勝ち越しソロホームラン。
公誠の最後のホームランを、僕は忘れることができないだろう。





若い選手が出てきて、ベテラン選手が去っていく。
もう2001年の日本一を知っている選手は、
宮本と五十嵐と石井弘ぐらいしか残っていない。


来年は、自分たちの力で日本シリーズを戦えるようになると、


いい



なぁ・・・