日本一

「我慢」が鍵になったシリーズだった。

ヤクルト(3勝)-オリックス(2勝)の日本シリーズ第6戦は、1-1の同点のまま延長戦へ。

10回表の先頭バッターは西浦。
この日のヤクルト、西浦は当たりが止まっていた。
勝ち越しのみを考えるなら、西浦に代打川端という選択肢も考えられた。
代打の神様”川端はヤクルトにとって絶対的な切り札で、得点圏にランナーがいるときに1塁が空いていればほとんど勝負を避けられていた。
ならばということで先頭バッターに川端を送り、ノーアウトからチャンスメークをして勝ち越しを狙う作戦をペナントレース終盤でよく見かけた。
この日も当然、その選択肢は高津監督の頭の中にあったはずだ。

おそらくは勝ち越した場合、または勝ち越せなかった場合の裏の守備のことを高津監督は考えていたのではないか。
西浦はシリーズを通して好プレーを連発しており、この日こそ当たりは止まっているものの、これまでいいところでヒットを放っており、ラッキーボーイ的な存在であった。
また西浦に代わるショートが、シリーズでまだ出番のない元山しかいないということも懸念材料だったのだろう。
10回表の西浦の打席、高津監督はグッと我慢して川端を使うのを我慢した。

そして今度は12回表、先頭バッターは守備固めで入っていた山崎。
オリックスのピッチャーは左腕の富山。
山崎の対左投手の打率は.217なのでなかなか出塁は期待ができない。
喉から手が出るほど先頭バッターを出したい局面だが、ここでも高津監督はググッと我慢した。
それはなぜか。

ひとつは、投げている投手が左腕の富山だったからではないか。
川端は左投手を苦にしないとはいえ、右投手からの打率が.378、左投手からの打率が.333と若干ではあるが率が落ちる。
またオリックスブルペンには、中嶋監督がシリーズを通して一番信頼しているであろう吉田凌がまだ残っていた。
高津監督は、その吉田に対して川端を使おうと狙っていたのではないか。

山崎のあとに続くのは右バッターの西浦と塩見。
そうすれば右の吉田が必ず出てくる。
そこが狙い目ではないか、と。

実際に、塩見のところで富山から吉田にスイッチし、塩見がヒットを打って2アウト1塁になった。
次の2番バッター渡邊のところで、ようやく高津監督は川端を代打に送りだした。
試合開始から実に4時間50分後のことであった。

ここまで川端を出すのを我慢したもうひとつの理由は、この2番のところで川端を使いたいという思惑もあったからだろう。
2番バッターということはつまり、後ろには3番山田と4番村上が控えている。
球界を代表するバッター2人が後ろで待ち構えている状況になったら、もう勝負を避けることはできない。
このバッターと絶対勝負するしかないという、その一番いいタイミングで川端を出したかったのだ。

とはいえ、もし最後に塩見が出塁していなかったら、12回もあったのに切り札の川端を使うことなくヤクルトの攻撃は終わっていたのだ。
勝負の世界で切り札を温存したままで終わると、とかく批判にさらされがちだ。
それでも高津監督は、選手と自分を信じて、最後の最後まで川端を温存し続けたのだ。

その結果、キャッチャー伏見のパスボールを誘い、低めに投げにくくなった吉田のスライダーを高めに浮かせ、日本一を決定づけるレフト前タイムリーヒットにつながった。

対照的だったのはオリックス、中嶋監督の采配だった。
オリックスにも絶対的な代打の切り札、アダム・ジョーンズがいた。
ジョーンズはメジャー通算1939安打、282本塁打のバリバリのメジャーリーガーで、2020年からオリックスに在籍している。
「本物がきた」という触れ込みや、本人の「オリックスを長い低迷から救いたいと思う」といったコメントが大きな話題を呼び、代打での成績は打率.429という神がかり的な数字を残していた。

日本シリーズオリックスがあげた2勝のうち、ジョーンズはいずれも9回の先頭打者として代打で出てきて、四球とホームランで殊勲の活躍を果たしている。
ジョーンズがいなかったら日本シリーズはヤクルト4連勝で終わっていたかもしれない、それぐらいの活躍を見せていた。
特にヤクルトの守護神マクガフがこのジョーンズを苦手にしていて、なかなかストライクを取ることができず、四球になったり、甘くなったボールをホームランにされていた。

そのジョーンズが、9回裏2アウト2塁の場面で代打に送られてきた。
ヤクルトベンチは当然、ジョーンズを敬遠する。
そして次のバッター福田を打ち取って、ピンチをしのいだ。

オリックスにとっては負けたら終わりの崖っぷちの一戦。
先発のエース山本は9回141球を魂の投球で投げ切った。
その山本になんとか勝ちをつけてあげたい。
福田は今日唯一タイムリーヒットを打っている選手だから、ジョーンズで勝負してくれるかもしれない。

「早く勝って明日の試合につなげたい」

息詰まる攻防の中、中嶋監督のうめき声が聞こえるような采配だった。

高津監督は、おそらく最初から延長12回を見据えた戦いを考えていたのだろう。
先発の高梨を早々にあきらめて、スアレスにスイッチ。
スアレスは前回登板で、ワンナウトも取れずに2四球で降板した。
そのスアレスが2回と1/3を無失点で危なげなくバトンをつなぐ。

続くのは最優秀中継ぎ投手、清水。
おとといの試合も投げていないので体力は十分だ。
8回、9回と難しい2イニングを粘りのピッチングでしのぎきる。

延長に入った10回、左バッターが続くところで左腕の田口。
好打者、宗と吉田を見事に打ち取り、そして………。

ペナントを支え続けたストッパーマクガフが、シリーズ5回目の登板へ。
ただ、マクガフの投入をぎりぎりまで我慢していたから、もう苦手なジョーンズはベンチにいない。
おととい敗戦投手になったマクガフとは別人のような投球で、2回と1/3を無安打4三振。
見事に胴上げ投手になった。

絶対に欲しかった日本シリーズ第1戦で、ワンナウトも取れずに3点取られてサヨナラ負けを喫したマクガフに、「僕は全く気にしていない。あなたに任せている」と声をかけた高津監督。

その一言が、この最後の1勝につながっている。

「抑え投手を代えたい」
「違う投手なら抑えられるんじゃないか?」

そんな甘い誘惑を断ち切り、ペナントを支え続けた守護神・マクガフに最後までゆだね続けた。
ペナント通り采配を変えなかった、高津監督の我慢。

ペナントではあまり使っていなかったラベロやバルガス、太田の可能性に賭けざるを得なかった中嶋監督。

もしホーム球場でちゃんと戦えていたら。
もしもっと暖かい時期に野球ができていたら。
もし吉田が手首を骨折していなければ。

そんなもしが、ひとつでも違っていたら結果は逆になっていたかもしれない。

それでも高津監督は、我慢に我慢を重ねて、最後の最後まで辛抱強く勝ちを拾いに行くのだろう。
来年の高津スワローズはどんな野球を見せてくれるのか。
今から来シーズンが楽しみで仕方がない。