冬至

雪国の小さな宿でのお話。
宿に入り、こんにちは、と声を掛けながら自分の部屋へ行こうとすると、ストーブに当たっていた従業員らしき青年が、こちらに向かってぼそぼそと何か言っている。
「何か?」
彼は手にしていた四合瓶を傾けてコップに注ぎ、俺に差し出す。
「どうぞ」
差し出されたコップを受けとる。
近くまで寄せなくても華やかな吟醸の香りがする。
日本酒だ。
一口、飲む。
寒い外を歩いた後で宿の中に入り、少し上気している体温よりも2度くらい高めの温度で、舌の上に溶けるように乗ってくる。
その後に口いっぱいに広がる先ほどの華やかな香りと、梅酒のような酸味、けれどしっかりとした日本酒の味。
「これは…うまいですね」
彼は照れたように顔をくしゃくしゃにしながら笑い、
「この温度を探すのに、苦労しました」
と言った。
「冷やだと馬鹿になっちゃうし、これ以上熱くつけるとしつこくなるんです」
なるほど、確かにあと2度も高くなると甘味が強くなりすぎるかもしれない。
「これの冷やってそんなに駄目ですか?」
彼はまた嬉しそうに笑って、こちらの問いには答えず、今度は冷酒を渡してくれた。
飲む。
「ああ…なるほど」
確かに、すっきりと飲みやすくなっているが、香りは伸びず、酸味が薄れている。
「本来の味を知っていると、これじゃあ確かに物足りないですね」
彼は笑ったまま答えない。
もう一口、と飲もうとすると、 お猪口を後ろから奪われる。
「んー、うまいっ。お兄さん、私にもぬる燗ひとつくださいな。」
スーツの上に龍の字のはっぴを着て、笑顔でこちらを見ているのはとある酒造の蔵元さん。
なんで、あなたがこんなところに…とも思ったが、おいしい日本酒のあるところにならどこに現れても不思議じゃない人なので、あまり気にしないでおく。
部屋に荷物を持っていくことなく、その場でそのまま日本酒談義が始まる。
BLTと日本酒は合わないとか、いやタマゴサンドなら合うかもとか、南国と日本酒は合わないとか、どうでもいい与太話。
おいしい日本酒を飲ませてくれた彼は誰だったのだろうか。
近い将来、また会えそうな気がする。


今日は釣りに行ってきます。
おくたま!