蔵人

東京で飲む日本酒はおもしろくない。
こう言ってわかってくれる人は、自分でおいしい日本酒を探そうとしたことがある人だ。
東京でだって、おいしい日本酒を探そうと思えばいくらでも見つかる。
「八海山とか久保田とか飲まないの?」
と聞かれることがある。
それはもちろん、飲む。おいしいとも思う。
ただ、八海山や久保田には興味をそそられない。
地方で見つけた、名前も知らない、たいした値段でもない日本酒を呑んだ時の感動を知ったら、誰もが知ってるお酒には興味が沸かなくなってしまう。
そんな名もないお酒が地方にはごろごろあるんだから、日本酒呑みはやめられない。
旅行に行った時など、地酒の看板があるとどこの店でもふらっと入ってしまう。
一見ただの土産物屋さんのように見えるお店でも、中に入るとすぐにわかる。
大きな冷蔵庫に明かりもいれず、一升瓶が新聞紙に包まれている。
こういう店は当たりで、その新聞紙に包まれたお酒を買えば、まず間違いはない。
ただ、店主と話すともっとおもしろいことがある。
「この新聞紙に包まれたお酒は何というお酒ですか?」
「これこれこういうお酒です」
「へぇ、米は何を?どこの蔵ですか?」
こんな話をしていると、店頭には置いていない酒を奥から持ってきて、
「これはこの前の品評会で金賞をとった酒だが、利いてみるかい?」
なんてことを言われる。
おまけに酒粕を頂いたり名刺をくれたりする酒屋さんもある。
素敵な出会いである。
昔、まだあまり日本酒に詳しくなかった頃、
「どんなお酒をお求めですか」
という店主の問いに、
「中口ぐらいのですかね」
と答えた自分がいた。
あの時、
「このお店でしか飲めないお酒は何ですか?」
と聞いていたらどんなお酒が飲めたのかと思うと、非常に歯痒い思いである。
おいしい日本酒。
おいしい温度。
おいしい季節。
おいしい作り。
おいしいお米。
おいしいお水。


もし自分が外国人だったとしたら、日本酒と出会った運命を呪うだろう。



嗚呼、日本酒の佳い季節に相成り候う。