しかるべき時にしかるべきものをしかるべきタイミングで

彼に直接メールで送ろうかと思ったのだけれども、
私が直接的に意志を働かせて彼の世界に干渉することはどうにも好きになれない。
たぶんそれは、私が思っている以上に彼が私を大切にしてくれていることを漠然と理解していて、
浅薄な私の発言で彼が彼の道を進めなくなることを危ぶんでいるからかもしれない。
そういうわけで、きっと彼が見ないであろうこの僻地にて私信を発信してみます。




私には古い友人がたくさんいるけれど、
その中でも彼は、私の人生で二番目に古い友人だ。
彼とは中学で出会い、高校で同じ部活に入った。
部にはいって一年がたった頃に彼は、
「人は2つの物しか選ぶことができない。だからオレは音楽とバイトを取る。」
と言って部を辞めた。
私にはよくわからなかったが、自分の不器用さを誰よりも理解している彼らしい発言だと思った。
彼がバンドのメンバーがいないと嘆いていた時に、
冗談のつもりで、ボーカルでいいならやろうかと言ったことがあった。
彼が本気だったかどうかはわからないが、
大丈夫、一緒にやろう、是非やろうと誘ってくれた。
嬉しかったのと同時に、こんなに本気の人を相手に冗談を言ってしまった自分が恥ずかしくて、情けなくて、
結局一緒にバンドをやることは無かった。
高校生活最後の文化祭で、彼は体育館でライブを開催した。
色んな人を巻き込んで、ライブは大盛況に終わった。
その時初めて間近でライブというものを見た。
スリーピースのバンドに群がるたった20人程度の男たち。
彼に向かって拳を振り上げ、一緒になって叫んで、がなって、歌って、
ひとつに、全員に、彼に、なった。
私が彼の音楽と出会ったのはこれが最初だった。


大学になって、彼は違うメンバーとバンドを始めた。
当時私が付き合っていた人はカメラが好きで、
彼の話をするとライブを見てみたいというので連れていくことになった。
ライブハウスに着き、彼のバンドの出番になった。
話には聞いていたが、彼はもうボーカルはやめて、ベースを弾いていた。
舞台袖から出てきて、いきなり音楽が始まる。
聞いたことのない歌。オリジナル。
高校とは違う。彼の、自分の、歌。
知らない、歌。
彼は、いつの間にか私の知らない人間のように成長していた。
その時の客の数は、たぶん5人くらい。
空間がありすぎて、最前列で見ることが憚られる程だった。


幾度かライブハウスに通うようになり、彼の歌を覚えた。
行く度、彼らの演奏は上手くなっていった。
全く喋れていなかったMCも、徐々にではあるが聞けるようになっていった。
彼はベーシストにあるまじき激しさで舞台上を駆け回り、暴れ、
中空に向かって何かを叫んでいた。
以前より彼はバンドとバイトで忙しくなってあまり遊ぶことができなくなっていたが、
ライブに行って彼の歌を一緒になって歌い、
彼の暴れっぷりに笑い、彼の作った歌に感動することで、
彼と遊んだ気になれてとても愉快だった覚えがある。


やがて彼のバンドにもファンが増えてきて、
やや大きめのイベントを行うことになった。
彼が企画した、彼の彼による彼の為のイベント。
その時にはもうファンは5人どころか、ライブハウスに入りきらないくらいの人数になっていた。
それでも何とか最前列にたどり着いて、
彼と一緒になって彼の歌を歌った。
彼は、私が一番好きな彼の歌を歌ってくれた。
それはもちろん私の為などではないだろう。
むしろ、そうであってはならない。
それでも、
「自分の親友が、自分の歌を、大きな声で歌ってくれて、
そっちを見ると涙が出そうになった。」
その彼の言葉は生涯忘れることはないだろう。


今では彼のバンドはすっかり有名になってしまって、
当時では考えられなかったような規模で日々ライブをこなしている。
去年一度、ワンマンライブを見に行ったが、
ファン層もすっかり変わってしまったようで、
最前列にいける気配など微塵も無い。
私が彼の歌を歌わなくても、
彼の歌を歌ってくれる人はもうたくさんいるのだ。
途方も無い距離と、孤独感に打ちのめされた私は、
しばらく彼の歌を聴けなくなり、ライブにも足を運ばなくなった。


今年の5月、彼のファーストアルバムが出た。
そして、そのアルバムにはワンマンライブのお知らせも同封されていた。
7月5日、赤坂でワンマンライブ。
社会人になって一年が経ち、ようやく自分でも案件を担当し、こなせるようになった。
もう、彼のライブに行っても絶望しないだろうか。



「今度、7月に赤坂でライブがあるんだけど、見に来ないか?チケット出すよ」


冗談じゃない、見くびるな。


「悪い、その日どうしてもはずせない用事があるんだ」


お前に貰ったチケットじゃない。
自分で稼いだ金で買ったチケットで、お前と遊びに行くんだ。


あと4日。
この日記はきっと見られない。はず。